VRは「目の前にある」をつくるのがとても上手です。けれど、そこに手を伸ばすと、急に現実との会話が途切れます。
この記事は、一般的なコントローラー操作やハンドトラッキングで遊ぶときに起きがちな「触れない」を集めた、軽いお話しです。触覚デバイスがあれば一部は変わりますが、今回はまず素手のVRで感じる、あの独特の空振りを味わいます。
1. 引き出しの「ここで止まるはず」

ゲームの引き出しをつかみ、ぐっと引く。目にはちゃんと木製の取っ手があるのに、手はそのまま棚の奥まで通過できます。
VRで物を動かすときは、手よりも「つかむ」という入力がメインです。だから引き出しの重さも、途中で少し引っかかる感じも、最後に止まる感じもスカスカなので、頭の中で補完することになります。現実なら何でもない抵抗が、VRでは妙に恋しくなったりします。
2. ポケットの中の鍵
現実では、ポケットに手を入れた瞬間に布の裏地と小銭と鍵が一緒に主張してきます。VRのアバターにもポケットはあるのに、だいたいは世界でいちばん収納力のない飾りです。
鍵を探すために手を入れる動きはするのに、指先が布に触れない。VRのポケットは、存在感はあるのに触感がない。ファッションとしては成立していても、生活感だけがまだ来ていません。
3. ドアノブの冷たさ
ドアノブを回したとき、金属の冷たさや丸い輪郭、ラッチが外れる小さな手応えまで覚えている人は多いはずです。VRでは、ドアを開ける動作はできても、最初の「ひやっ」がありません。
これは不便というより、ちょっとした演出の差です。古い家の真鍮、病院のステンレス、夏の日に熱くなった車のドア。触った一瞬で場所を説明してくれる情報が、VRでは視覚と音に引き継がれます。
4. 湯気の立つマグカップ

マグカップは、見た目だけでかなり説得力があります。湯気、陶器、コーヒーの色。ところが持ち上げると、重さも熱も手のひらには来ません。
中身が入っているのか、空なのか。熱いのか、ぬるいのか。現実では持った瞬間に分かることを、VRでは注視して判断します。視線で飲み物を飲む、少し未来っぽいよな作法です。
5. 雨上がりの手すり
濡れた手すりは、触る前から少し警戒します。滑りそう、冷たそう、手に水が残りそう。VRではその警戒だけが先に来て、手そのものはきれいなまま通り抜けます。
水たまりや雨粒はVRでとても美しく表現されます。だからこそ、指先に何も残らない瞬間に「これは映像の雨だ」と思い出します。濡れた感触は、景色の一部でありながら、まだ遠い存在です。
6. 眠っている猫の背中
猫や犬のいるVR空間では、つい撫でたくなります。毛並みを目で追い、手をゆっくり動かす。けれど返ってくるのは、多くの場合、相手のかわいいアニメーションだけです。
ふわふわ、あたたかい、呼吸で少し上下する。そういう情報は、現実では手のひらにまとめて届きます。VRでは、触れないからこそ「撫でているつもり」になれる想像力が、思った以上に働きます。
7. 友だちとのハイタッチ

これは一番惜しいかもしれません。相手が手を出し、こちらも手を出す。タイミングが合っているのに、手のひらはすれ違います。
VRでは身ぶりそのものが会話になります。だからハイタッチは成立するのに、音も衝撃もないと、ほんの少しだけ余韻の置き場に困ります。それでも、同じタイミングで笑えたなら、たぶん半分くらいは成功です。
触れないから、気になる
VRの面白さは、現実を完全にコピーできないことにもあります。引き出しの抵抗、マグカップの熱、猫の毛並み。触れないものが残っているから、私たちは次のデバイスや表現に「そこまで来たか」と驚けます。
今はまだ、手を伸ばして空振りすることがある。その空振りを笑えるうちは、VRの未来はかなり楽しみではないでしょうか。